脱腸(そけい(鼠径・鼡径)部ヘルニア)のお話

2023年02月01日

利根中央病院
外科部長
小林 克巳

みなさんは「ヘルニア」と聞くとどんなことを思い浮かびますか?
整形外科で取り扱う「腰椎椎間板ヘルニア」が有名ですね。人間ドックの胃カメラで「食道ヘルニア」の通知が来たら、食道裂孔ヘルニアのことで、主に消化器内科で取り扱います。

これからお話しするのは、外科(消化器外科)で診察・治療を行う「ヘルニア」で、いわゆる脱腸についてです。

「ヘルニア」とは

体の組織が正しい位置からはみ出した状態をいいます。部位によって、はみ出る内容が違い症状も様々です。外科で扱う腹部の「ヘルニア」は、本来ならお腹の中にあるはずの内臓脂肪や腸の一部が、内臓を支える腹壁の弱い部分を通じて皮膚の下にはみ出る状態のことで、一般的に「脱腸」や「でべそ」と言われています。その中でも脚(大腿)のつけねに発生するヘルニアを「そけい(鼠径・鼡径)ヘルニア」(図1)といって、腹部に生じるヘルニアの約80%がこのタイプです。

子供の「でべそ」として知られ、へそ周囲が膨らむ「臍ヘルニア」はおとなになって肥満や妊娠などをきっかけに発生することがあります。また、おなかの手術を以前に受けた方が、加齢などが原因で傷跡が弱くなり、脱腸を起こす「腹壁瘢痕ヘルニア」などがあります。
今回は腹部ヘルニアのなかでも大多数をしめる「そけいヘルニア」を中心に解説したいと思います。

「そけいヘルニア」

「脱腸は子どもの病気」というイメージを持たれがちですが、むしろ体の組織が衰えてくる中高年層に多い病気で、子どもとおとなでは原因も治療法も違ってきます。子どもの「そけいヘルニア」は成長と共に自然に治ることもありますが、おとなの場合は自然に良くなることはありません。

「そけい」部とは、脚(大腿)のつけねの部分のことをいいます。男性には、この部分に鼠径管と呼ばれる通路が存在します。鼠径管は本来内臓である睾丸を胎児期に体外の精巣へ通すための管ですが、加齢などによって筋膜が弱ると鼠径管が開きやすくなり、筋膜が薄くなっている部分から腸などがはみ出ます。そのため、患者さんの約9割が男性で、重いものを運ぶ人や立ち仕事などを続けてきた人、肥満の人、加齢によって体の組織が衰えた50歳代以上の中高年層の方が特に多いといわれています。また、はみ出す方向で「外そけいヘルニア」と「内そけいヘルニア」があります(図1)。

また、太腿にある大腿輪と呼ばれる大血管と神経の通り道から腸がはみ出る「大腿ヘルニア」も「そけいヘルニア」の一種です(図1)。「大腿ヘルニア」は女性でも、加齢や出産などで筋肉や筋膜が緩んだり、重たい物を持つなど腹圧がかかるような状態が続いたときに起こりうるヘルニアです。

初期の症状はおなかに力を入れた時に膨らんで、指で膨らみを押すと引っ込むことが多いのですが、次第に巨大化したり、引っ張られるような違和感や痛みを伴うこともあります。さらに放置すると腸が周囲の筋肉で締め付けられて押しても戻らない「嵌頓(かんとん)状態」になることがあります(図2)。かんとんした場合、腸がうっ血してむくみ、さらに腸が狭窄して血流が途絶えることから、痛み、嘔吐など腸閉塞の症状が出ることもあります。かんとん状態が続くと、腸の壊死や敗血症を引き起こして腸切除を伴うような緊急手術を要する場合もあります。

左右どちらかに起こりやすいということはなく、両側同時に膨らんでいることもあります。片側を治療後に反対側に出現することも珍しくありません。

治療は手術です

「そけいヘルニア」は自然治癒することも、薬で治ることもありません。治療は手術しかありません。腸などが脱出してしまう通路である鼠径管をふさぎ、人工のメッシュ(網)などで補強する手術をします。手術を行うと、「そけいヘルニア」の症状はなくなります。見た目が元通りになり、腹部の違和感がなくなるだけでなく、鼠径ヘルニアの悪化した状態であるかんとん状態になることを予防できます。

手術のアプローチ方法として、脱腸部位を切開して修復する「そけい部切開法」とお腹の中側から覗いて脱腸部位を内側から修復する「腹腔鏡手術」があります(図3)。従来より行われている「そけい部切開法」は使用するメッシュの種類や、メッシュを広げてくる部位によって術式が様々です。

どちらの方法も、手術でありますので、100%安全と言い切ることは出来ませんが、大きな合併症は比較的少ない術式です。
「腹腔鏡手術」の場合は全身麻酔での手術が必須となり、「そけい部切開法」も全身麻酔が推奨されますが、下半身麻酔(腰椎麻酔)や場合によっては局所麻酔で手術を行うこともあります。

手術時間は片側だけの場合、「そけい部切開法」は約1時間。「腹腔鏡手術」では約1時間30分程度です。術後の痛みは少なく、翌日には歩行しています。

入院期間は4~5日で、退院後は日常生活が可能です。「そけい部切開法」の場合は重い物を持ったり、運動や腹圧のかかる動作は1か月程度控えていただいています。

脱腸かなと思ったら

「そけいヘルニア」の日本全国での年間患者数は30~40万人程度とされ、そのうち、年間15万人の方が手術治療を受けています。皆さんがご存知の「虫垂炎」、いわゆる盲腸の手術が6~7万人程度ですので、その倍以上手術を行っている事となります。 一方で約半数の方は医療機関を受診されていないことになるのですが、その理由としては、「脱腸・でべそ」といった病気に対する恥ずかしさや「どこに相談すればいいか分からない」といったことが考えられます。実際、症状の部位から泌尿器科や婦人科を受診するかたがいます。

「そけいヘルニア」は外科が該当診療科です。気になったら利根中央病院の外科を受診してください。

コロナ禍の現在、新型コロナウイルス対策によって、緊急性・重症でない疾患に対する手術が延期、または中止になる事があります。残念ながら 「そけいヘルニア」手術は緊急性・重症でない疾患に該当するため、急遽手術日の変更をお願いすることがあります。その際はご協力をお願いいたします。

PAGE TOP